2014年10月9日

スカラシップ2014上半期レポート 野口彩

佐藤佐吉演劇祭2014⁺と王子の街
野口彩

2年に1度開催されている「佐藤佐吉演劇祭」は今年2014年で6回目を迎えた。これまで王子小劇場を会場としていたが、今回は北区の5会場を使用し、スケールを拡大しての開催となった。私は今回初めて演劇祭に足を運んだのだが、全12演目を観劇させていただき、演劇の面白さだけでなく、劇場と地域の関わりや劇場の在り方というものを考える貴重な機会となった。
 今回の演劇祭の最大の特徴は、やはり複数会場での上演と言えるだろう。そして、全会場が徒歩圏内である点が大きな魅力であり、王子の街と演劇祭を繫げた要ではないかと考える。今まで、王子=王子小劇場というイメージが強かった為、王子に複数の劇場がある事は新たな発見であった。(演劇の街と言うと下北沢を思い浮かべる人が多いと思うが、王子の街にも演劇環境は整っていると言えるのかもしれない。)1日で複数公演を観劇する際、空いている時間はおのずと王子で過ごす事になるだろう。複数会場の存在は、来場者の流れを駅から劇場の一線だけではなく、様々な行動へと導くきっかけになったと思う。王子小劇場が製作した公式パンフレットの周辺マップやクーポンも同様だ。このように、劇場外にも視野を向け、来場者が観劇プラスαの時間を過ごせるような仕掛けを実行する事は、王子の街にとってもプラスになり、街と劇場のwinwinの関係に繋がっていくと考える。
また、演劇祭のタイムテーブルを見て観劇の計画を立てる事や、歩いて会場を移動する事は、音楽のフェスに似た感覚であった。劇場裏に設置されていた秘密基地も、お祭り感を感じさせる大きな役割を担っていたと思う。真っ白な壁が日に日に様々なメッセージで埋まっていく様子は、この演劇祭が多くの人に支えられている事を実感させるものであった。演劇祭という期間を設け参加作品をただ上演する形式とは異なり、今回の演劇祭は、観客が身を持って演劇祭というお祭りを体感できたように感じる。
劇場と地域の関わりの一つとして、子どもと演劇についても関心を持つようになった。参加団体の一つである柿食う客は、『へんてこレストラン』というこどもと観る演劇プロジェクトの作品を上演した。このプロジェクトは、幅広い世代に愛される舞台制作を目指すものだ。こどもと大人が同じ空間で演劇を観る体験を共有し、コミュニケーション能力の育成と相互理解を深める事を目的としている。恥ずかしながら、私は演劇祭をきっかけにこのプロジェクトの存在を知った。偏見かもしれないが、小劇場の劇団はほとんどの作品が大人に向けたものだと感じている。子ども向けの作品は、児童演劇に特化した劇団が上演していると思っていた為、普段小劇場で活躍している劇団がこのような作品創りに取り組んでいる事が意外だった。テンポよく短い時間にギュッと凝縮されたこの作品は、子どもだけでなく大人も楽しめるもので、シンプルなセットが演出をより際立たせていると私は感じた。面白さだけでなく、原作『注文の多い料理店』を久しぶりに読み返したくなる懐かしい気持ちにさせてくれた。
昼公演を観に劇場へ足を運んだ際、会場である北とぴあに向かう小さな子ども連れの親子の多さに驚いた。後で調べたところ、北区の複合文化施設である北とぴあは、北区の子育て支援のセミナーやイベントを行っているようだ。今まで夜公演を観に王子に立ち寄る事が殆どであった為、昼間の親子連れの存在は意外だった。そして、『へんてこレストラン』のポスターを見た親子が興味を示している場面と何組も遭遇し、親子観劇は私が思っている以上に需要があるのではないかと感じた。
現在、北とぴあでは既に子ども向けの演劇は数多く上演されている。また、王子小劇場の中心にある若手劇団の公演という軸はこの先も大切にするべきだと思う。しかし、前述した地域と劇場の関わりを考える中で、生活に密接なものの一つである子育てにも焦点を当てる機会を作ってみてはどうだろうか。演劇祭で子どもの枠を作る事、不定期で親子鑑賞ができる作品を上演する事、現在行っている学生向けワークショップの子どもクラスを設ける事等様々なアプローチの仕方が考えられる。演劇の教育と言う側面は公共劇場が担う事が多いが、民間劇場ならではの柔軟さを活かせるように思う。
以上のように、地域と劇場の関わりを考えた根底にあるものは、昨年のレポートでも記述した私が小劇場に対し抱いている閉鎖的社会という印象だ。演劇を社会に広める為の取り組みが演劇界には必要だと現在も考えている。今回の演劇祭は、王子の街にも目を向け、秘密基地やトークラウンジ等の観劇プラスαも企画するといった視野の広さを感じさせるものであった。複数会場での開催も今後是非続けて欲しい取り組みだ。
私は、数多くの劇場の中で、王子小劇場は若手劇団だけでなく演劇ファンへも門戸を広く開けてくれていると感じている。このスカラシップ制度や今回の演劇祭でのボランティアスタッフがその一例だ。演劇経験の無い者にとって、何かしらの形で劇場に携われる機会をいただけることはとても貴重なものだ。将来どのように演劇に関わろうかと考えている中で、職員の方とお話しできる時間は色々なヒントを与えてくれる。また、ボランティアスタッフで知り合った演劇ファンとの出会いも演劇祭に携わって良かったと思う大きなものだ。普段一人で観劇する機会が多いため、人と作品の感想を話す時間がとても楽しかった。演劇祭を通し出会う事が出来た方々、そして作品達に心から感謝したい。
最後に、新体制になった王子小劇場の持つ柔軟さが今後どのような企画に活きるのかとても楽しみだ。今回の演劇祭を思い返す中で、私は王子小劇場のファンになった事を実感している。王子の街の人々が、地元には王子小劇場があると胸を張って言えるような、そんな劇場になって欲しい。

0 件のコメント:

コメントを投稿