2015年4月5日

スカラシップ2014下半期レポート 野口彩

王子小劇場へ通い考えた事」 
野口彩

去年に引き続き、2年目の王子小劇場スカラシップ。就職活動で手一杯になってしまい、劇場から足が離れた数か月もあったが、今年も多くの作品を観劇させていただいた。
継続的に劇場へ通う中で、演劇の生の臨場感を間近に体感できるだけでなく、舞台美術や客席の配置によって同じ劇場と思えない異世界を創造できる点が、小劇場の面白さの一つと考えるようになった。小劇場の劇場空間は、公演毎に大きく変化する。王子小劇場の客席は固定されていない為、舞台の形に合わせて自由に設置できる。一般的な舞台と客席が向き合う形だけでなく、舞台を囲む形で客席が配置される事も多い。他の観客の姿も舞台越しに見える観劇経験は、観客も作品の一部である事、空間を共有している事を実感させる。また、舞台美術には創り手の個性が顕著に表れ、手の込んだ細部まで世界を再現しているものもあれば、必要最低限の極めてシンプルな観客の想像に委ねるものもある。
これらの劇場空間を構成する要素は、開演前から観客を作品の世界に迎え入れる。芝居の始まりは開演ではなく、客席に入った時なのかもしれない。客席に入った時に受けた印象、着席してから開演までの空気、これらも観劇体験の一部だと思う。(王子小劇場では、客席への入口が3か所存在し、観客の導線の変化も面白いものだった。)
また、今年のスカラシップを通し考えた事の一つに、異業種と演劇の連携がある。就職活動をする中で、他の業界で演劇を関連させた事は企画できないかと思うようになった。演劇を外部へ発信する上で、異業種との関わりは社会への新しいアプローチ方法を生み出すきっかけになるのではないだろうか。以下では、私が春から勤める事になった旅行業界と演劇について考えた事を書きたい。
旅行業界は、演劇とは全く異なる業界だ。しかし、演劇と旅行には、≪ここでしか体験できないもの≫を扱っているという共通点があると思う。演劇はあの芝居が観たいという観客の気持ちが劇場へ足を運ぶ力となっている。同様に、旅行も土地や景色という動かぬ場所が存在し、どこへ行きたいか、何を見たいかという気持ちが旅行先へ足を運ばせている。以上の共通点から、劇場は、旅行業界の観光素材(旅行を構成する要素)と成り得るのではと考えるようになった。そして、今年王子小劇場が取り組んだ演劇祭や地域劇団応援企画は、小劇場が観光素材となる可能性を考える大きなヒントとなった。
佐藤佐吉演劇祭2014⁺は、北区王子の複数会場を使用し、12劇団の作品が上演された。週末の公演日程は音楽フェスのようであり、王子の街が演劇で溢れていた。他の演劇祭に携わった時も感じたのだが、関東外の遠方から足を運ぶ観客の存在が印象的であった。1日5本観劇ツアーという企画には東海・関西地区の参加者が集い、観客がどこから来たのか色で塗られた劇場裏の「ひみつきち」の日本地図は、全国各地からこの演劇祭の為に観客が集った事を実感させた。東京の小劇場に注目している人が全国に存在する事は、今後の小劇場の行く先を考える上で、とても勇気づけられる事実だと思う。
地域劇団応援企画のMeets TOKIOでは、北九州、名古屋、京都の3劇団が王子小劇場で作品を上演した。この企画は、劇団との出会いだけでなく、日本全国にはどのような小劇場があるのか、どんな劇団が活動しているのかというような、地方の演劇に関心を持つきっかけを与えてくれた。劇団と観客との出会いに留まらず、東京の演劇ファンの関心を全国の小劇場へ広げる役割も担ったと言えるだろう。
以上の劇場の取り組みを通し、演劇には≪地域と観客を繋ぐ≫一面もあると気付かされた。東京の小劇場に地方からの観客を迎える事、全国の小劇場に東京から観客が足を運ぶ事は、小劇場界を活気づける事に繋がるだろう。そして私は、旅行業界が遠方からの観客と劇場を繫げる一役を担えるのではないかと考える。商業演劇で実施されている観劇ツアーやチケットと交通、宿泊がセットになったプラン等、遠征を計画している人が利用できる商品がその一例だ。現実的な集客や収益の面を考えると、すぐに実現する事は難しいだろう。しかし、演劇祭等の話題性を持つ企画次第では実現しうるのではと思っている。
 最後に、王子小劇場は私にとって、身を持った実体験として演劇の幅の広さを学ぶ場となった。スカラシップが無ければ、自分の趣向と異なる作品に触れる機会はなかっただろう。劇場空間の変幻自在な面を知れた事は、同じ劇場に継続して足を運べたからこそだ。また、2年間の観劇経験は、演劇が好きと言うシンプルな感情を更に強いものにした。旅行業界への就職が決まった後も、演劇に携わりたい気持ちは変わっていない。春からの環境において、上述した旅行商品の企画に挑戦してみたいと思う。私は、演劇経験のないただの演劇ファンだ。そんな学生をスカラシップ生として受け入れてくれた事に感謝すると共に、2年間の経験を何かの形で活かさなければと思っている。まずは、微力かもしれないが、今後も一観客として劇場へ足を運び続け、≪観る事≫で小劇場界を応援していきたい。

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