王子における演劇祭の役割
藏下右京
実際には参加していないため、表層部分だけを見て言及することになってしまうが、HPや各種資料を見ると、過去の5度の佐藤佐吉演劇祭は、祭りとは名ばかりの印象を受ける。「演劇祭」と銘打ち、約2~3ヶ月という長期間に渡ってはいるのだが、5度とも王子小劇場による単独開催であった。また、参加劇団のラインナップを見ると、現在の小劇場で活躍している劇団が数多く名を連ねており、王子小劇場の感性の鋭さと演劇祭に対する熱意は伝わってくるのだが、世間一般の客からしてみれば普段の王子小劇場での公演との差異が感じられず、小劇場界の中だけで盛り上がっているような印象を持たざるを得なかったのではないだろうか。
しかし、今回の演劇祭はこれまでと異なり、「祭」という空間の形成が意識されているように思われた。5会場すべてが「北区王子」、それも王子小劇場を中心として半径150mに集結しているため、観客は気軽に会場を移動することができ、体力さえ許せば1日2、3本の観劇が容易にできるようになっており、実際に私も1日3本観劇したが、劇場間を移動するのが意外と楽しく、ロックフェスティバルに来ているような感覚を味わえた。また王子小劇場の裏手には、小さな空間ではあるが、演劇祭に来場した人々がくつろぎ、交流することができる「ひみつきち」が作られていた。演劇という芸術を通じて人と人が繋がる空間として、演劇祭が少なからず機能していた。
また、これまでの演劇祭に比べ宣伝が大々的に行われていた。SNSの継続的な活用はもちろん、HP、チラシやパンフレットにも相当な手間がかけられていたし、vineを使った動画企画という実験的な宣伝方法も模索されていた。「プログラム編成は維持しつつも外部に対して開いていきたい」という、劇場側の意思を感じた。
そして、今回の演劇祭が「王子」の街並み、あるいは「東京都北区」を強く意識していたことを忘れてはならない。
ここで唐突だが、北区の人口動静について少し説明したい。北区は65歳以上の老年人口比率は24.6%と23区中で最も高い。さらに図1の人口ピラミッドを見てもらえるとわかるように、50~64歳の男女も相当多い一方で、働き盛りの35~49歳の男女は少なく、こちらは23区中で最下位である。このように北区は少子高齢化が顕著で、人口も1965年から2010年にかけて12万人も減少している。今後はますますその傾向が強くなり、活気を失っていくであろうことは想像に難くない。王子も例外ではなく、実際、王子という地域を見まわしてみても、人口(特に若者)を惹きつけるような商業・娯楽施設は少なく感じられる。
それについては劇場側も自覚的なようで、この演劇祭を通じて王子という街全体を盛り上げていこうと、様々な工夫を凝らしていた。上演会場として「北とぴあ」という北区の公共施設、トークラウンジの開催場所として「王子一丁目町会会館」を使用したのはさることながら、王子銀座商店街の協賛も得ている。また、演劇祭のパンフレットでは王子の街について特集が組まれており、出演俳優が劇場周辺の神社や飲食店を訪れ、撮影を行っている。
そういった劇場側の様々な試みによって王子は普段より賑わいでいたようで、参加団体の役者やスタッフだけでなく、合計で約6000人の観客が王子を出入りした。後夜祭において佐藤電機株式会社の佐藤行雄代表取締役が「地味な街だが、演劇祭のおかげで若者が来てくれて嬉しい」という趣旨のことを発言しておられたように、一時的ではあるが王子に活況をもたらしたという点で、今回の演劇祭は一定の役割を果たしたといって良いだろう。
一方で、今後における課題もいくつか見られた。複数会場の同時運営にあたり、劇場側は少々バタバタしていたように見えた。単純に、即座に動ける人員が不足したのではないだろうか。今後もこの規模を維持、あるいは拡大するとなると、運営側の人員を増やすことは必要不可欠であろう。また、雰囲気づくりへの熱意や努力はひしひしと伝わってきたのだが、まだ「祭り」と呼ぶには不十分であると感じた。クセのある劇団が多く個人的にはとても楽しめたのだが、一方で普段演劇を観ない人からすれば、依然として立ち寄りがたい雰囲気を醸し出していたのも事実である。客層の拡大や王子全体の活性化を視野に入れるのであれば、王子小劇場の特色を打ち出す一方で、「創客」という観点から考えて多少なりとも世間の趣向に合わせた上演プログラムの導入が必要になってくるだろう。一般層を意識することで、王子小劇場の立ち位置もより明確になってくると思われる。毎年演劇祭を行っている「北とぴあ」との本格的な共催も面白いのではないだろうか。
王子に関するこんな言い伝えがある。かつて歌舞伎役者の市川團十郎が「暫」という芝居を上演するので、市川家が信仰している成田山へ成功祈願をすると、「それは王子稲荷にまかせたのでそれに願え」といったと言い、それがきっかけとなって王子は一時参詣人で賑わったそうだ。そんな風に現代においても、たくさんの劇場がある王子が、演劇を媒体として数多くの人々で賑わえば嬉しいなと思う。佐藤佐吉演劇祭が、東京の小劇場界に対してのエポックメイキングな存在でありつつ、王子にたくさんの人々を惹きつける一大イベントになることを願ってやまない。
図1
図2
図3
(図1~3 北区人口ピラミッド
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